コレクション: オルノ

1949年。廃墟となったワルシャワ。物資が不足していた時代。誰も宝飾品を所有することを夢見ることさえない時代だと思われるかもしれません。しかし、ロムアルド・リフニツキは、Cepelia(中央民芸工芸産業機関)に関連するポーランドの職人協同組合、ORNOを設立しました。『orno』という言葉はラテン語で「飾る」という意味で、協同組合のモットーとなりました。戦後の時代、そしてポーランド人民共和国の時代において、ORNOは特別な理念に基づいて運営されていました。協同組合では、誰もが職人でありデザイナーであることができました。ORNOの主な製品は銀製の宝飾品でした。銀は金よりもはるかに安価で入手しやすかったのです。銀の装飾品には、瑪瑙、ターコイズ、クォーツなどの半貴石、合成宝石、そして典型的なポーランドの素材である珊瑚や琥珀があしらわれていました。宝飾品は少量生産され、特別な委員会が製品を選定し、その数は100を超えることはありませんでした。または個別注文に応じて製作されました。決して安価ではありませんでした。ワルシャワの裕福な女性たちは、1つの指輪に給料1か月分を費やすことを気にせず、大きな銀製アクセサリーを購入していました。半世紀は長い時間です。協同組合の独特な理念は別の形でも現れました。経験豊富なメンバーは旅行に出かけ、さまざまな芸術作品を訪れました。これにより、変化するトレンドに迅速に対応でき、ORNOの宝飾品は多様な形状やデザインを持つようになりました。1950年代には、民俗に関連した作品が特徴で、切り出して巻いた薄板金属で作られた装飾的な「カール」が代表的なアイデアでした。1960年代には抽象芸術に触発された一連の装飾品が登場し、非対称で可動式のペンダントの要素が取り入れられ、大ぶりな宝飾品の形状を軽やかにしました。次の変化は、新しい芸術監督で彫刻家のアダム・ミヤクによってもたらされ、銀の張り出し技法を活用して宝飾品に彫刻的な効果を与えました。1980年代のORNOの活動終盤には、協同組合は幾何学的な形状と滑らかに磨かれた表面を持つ「エンジニアリング」スタイルの作品を推進しました。